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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

七十八

それだけ自分でも年をとったかと思いますね。僕は時々そう思いますよ、恋が出来ないと成ったら人間もこれで心細いものです。自分にはまだ出来る、そう思って僕は自分で慰めることが有りますよ」

これも客の残して行った声だ。

「僕にも出来る」

と客の前に立って、力を入れてそれを言ったのは岡だ。岸本はその時の二人の眼のかがやきをまだ眼前に見ることが出来た。

客が女性に近づくための方便としたという岸本の詩集は、作者たる彼に取ってはあべこべに女性の煩いから離れた時に出来た若い心の形見であった。漸く彼も二十五歳の頃で、仙台の客舎へ行ってそれを書いた。あの仙台の一年は彼が忘れることの出来ない楽しい時代である。ずっと後になってもよく思い出す時代である。そしてその楽しかった理由は、全く女性から離れて心の静かさを保つことが出来たからで。実際岸本は女性というものから煩わされまいとして青年時代からその日まで歩き続けて来たような男であった。

七十八

発つ発つという噂があって発てなかった美術学校の助教授がいよいよ北の停車場から帰国の途に上るという日は、ほんとうに人を送るような思いをして岸本も停車場まで出掛けて行った。