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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
百十
高い硝子戸の外は雨でも来るように暗かった。泣き泣き病室を出て来た一郎は次郎と共に祖母さんに連れられて誰よりも先にその長い廊下を帰って行った。間もなく岸本は病人の側で田辺の弘とも一緒に成った。岸本の親戚でここに集らない者は、哈爾賓の方に行っている輝子の夫、台湾の民助兄、大阪の愛子などであった。
「叔父さんは居るかい」
という嫂の声を岸本は寝台の周囲に身内のものの集まっている中で聞きつけた。嫂はまだ何か言おうとしたが、それぎり声は激しい呼吸に変ってしまった。岸本はそれを嫂の最後の別れの言葉かと聞いた。
百十
節子の母親は病院に二十二日居て亡くなった。遺骸の始末まで病院の方の世話に成ることは岸本の本意ではなかったが、しかしその病院の規則として、そこの病室で亡くなったものは病院から火葬場の方へ送り、骨にして遺族へ渡すまでの面倒を見てくれるとのことであった。岸本は愛宕下の方に居て嫂の遺骸が火葬場の方へ送られたことを聞いた。それを聞いた日から、彼は自分の懺悔の稿を起した。
世間を狭めるということが、未だ愚かしい著作を発表するまでにも行かないうちに、早や岸本の身に感じられて来た。