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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

六十九

六十九

思いつめて来たような節子の言葉は岸本の沈思を誘った。彼女が最早この世を捨てようとしていることは、その語気で岸本にそれが感じられた。

丁度その時、岸本は後の方から歩いて来る人の足音に気がついた。その足音がだんだん近く成って来たかと思うと、やがてその人は彼や節子よりも先に成って、一寸こちらを振返って見て行った。あだかも後方から見た通りすがりの二人の男女の何者であるかを前からも見て行こうとするかのように。邸つづきの静かな路とは言っても、そこは高輪への通路の一つに当っていた。岸本は節子と一緒に歩くというだけに満足して、家に近い高輪の通りへ出てからは一歩先へ彼女を急がせた。

まだ岸本には正月のはじめあたりから続いて来ている割合に醒めた心持が残っていた。その冷かなものが節子の来るのを待遠しく思うほどの心に混り合っている時であった。その心で、彼は家へ戻った。彼は節子の方からもっと動いて来ることを望んでいたばかりでなく、自分の正体をももっとよく彼女に見届けて貰いたいと願っていた。丁度祖母さんは年始かたがたしばらく谷中の家へ、久米は茶の会へ、二人とも留守の日で、岸本は節子の前に自分の胸の底のわだかまりを切出して見る折があった。