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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
八十一
八十一
「いよいよ高輪もお仕舞ですかねえ」
そういう節子は、この屋根の下に岸本よりも多くの記憶を持っていた。彼女をこの家に移して置いてそれから遠い旅に上ったのは岸本であっても、三年の暗い月日をここに送ったのは彼女自身であるから。
その時に成って見ると、四年このかた住み荒した家の内のさまが今更のように岸本の眼についた。四年前節子が品川の方に起る汽車の響の聞えなくなるまで同じところに立ちつくしたという庭先へは、最早濃い春がめぐって来ていて、青々とした若葉の色は草木の感じを深くした。ろくろく手入をしたことの無い庭の植木という植木は一つとして野性に帰っていないものは無いかのように見えた。梅の枝なぞは殊に延び放題延びて、黒ずんだ旧葉の上に更に新しい葉を着けていた。庭の片隅には乙女椿と並んだ、遅咲の紅い椿もあった。その花のさかり、青葉のさかりは、荒れ朽ちた軒端の感じに混って奥の部屋の縁先にある古い硝子戸に迫って来るかのように映っていた。
「灰色に銀糸まじれる遠方の夕立のごとき思ひ出の家
銀もよし灰色もまたなつかしやくりひろげたる絵まきものみな」
岸本の胸に浮ぶのはこの歌であった。