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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

五十二

唯、節子のためにこの無礼な手紙を残して行くと書いた。自分は遠い異郷に去って、激しい自分の運命を哭したいと思うと書いた。義雄大兄、捨吉拝と書いた。

五十二

三十七日の船旅の後で、岸本は仏蘭西マルセエユの港に着いた。

「あのプラタアヌの並木の美しいマルセエユの港で、この葉書を受取って下さるかと思うと愉快です」

こうした意味の葉書を岸本はその港に着いて読むことが出来た。船の事務長が岸本の名を呼んでその葉書を渡してくれた。多くの仏蘭西人の船客の中でも、便りの待遠しいその港で葉書なり手紙なりを受取るものは稀であった。岸本が神戸を去る時船まで見送って来た番町の友人がその葉書を西伯利亜経由にして、東京の方から出して置いてくれたからで。

初めて欧羅巴の土を踏んだ岸本は、上陸した翌日、マルセエユの港にあるノオトル・ダムの寺院を指して崖の間の路を上って行った。その時は一人の旅の道連があった。コロンボの港(印度、錫蘭)からポオト・セエドまで同船した日本の絹商で、一度船の中で手を分った人に岸本は復たその港で一緒に成ったのであった。絹商は倫敦まで行く人で外国の旅に慣れていた。