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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

十一

丁度倫敦でもシェクスピアの三百年祭で、あの名高い英吉利の詩人を記念する年に、偶然にも彼はこの旅に来合せたことを思った。

三年前、半死の岸本の耳に一条の活路をささやいてくれた海は、もう一度故国の方へと彼を呼ぶように成った。その声は復た彼の耳に聞えて来た。彼はこれから長い日数を海上に送らねば成らないことを思い、倫敦を発つ時にはまだ外套を欲しいくらいの五月初旬の陽気でも国に帰り着く頃の旅仕度も考えて行かねば成らないことを思い、そんな心づかいをするだけでも実に国の方の空の遠いことを思った。

十一

郵船会社の船はテエムズの河口にあたるチルビュリイの波止場で牧野や岸本の乗組を待っていた。多量な英国出の貨物はあらかた荷積を終ったらしい頃で、岸本等の荷物も先に船の方へ届いていた。船員等は帆柱の下あたりに集って、本船の横手に着いた小蒸汽から順に一人ずつ甲板へ渡って行く男女の客を見ていた。寒い細い雨が時折やって来るような日であった。牧野も、岸本も、雨や汐風のために湿った旅の外套に身を包みながら大きな汽船に乗移った。戦時のことで、同胞の道連れも極く少かったが、その中には岸本が巴里で懇意になった夫婦の客もあった。