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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

百十四

何故というに、岸本の半生の悩ましかったように、父もまた悩ましい生涯を送った人であったから。仮りに父がこの世に生きながらえていて、自分の子の遠い旅に上って来た動機を知ったなら何と言うだろう……けれども、岸本が最後に行って地べたに額を埋めてなりとも心の苦痛を訴えたいと思う人は父であった。

百十四

「ちゝはゝの

しきりにこひし

雉子の声」

岸本の胸に浮ぶはこの句であった。この短い言葉の蔭に隠されてある昔の人の飄泊の思いもひどく彼の身に浸みた。何時来るかも知れないような春を待侘び、身の行末を案じ煩うような異郷の旅ででもなければ、これほど父の愛を喚起す事もあるまいかと思われた。幼い時の記憶は遠く郷里の山村の方へ彼を連れて行って見せた。広い玄関がある。田舎風の炉辺がある。民助兄の居る寛ぎの間がある。村の旦那衆はよくそこへ話し込みに来ている。次の間があり、中の間がある。母や嫂がその明るい光線の射し込む部屋で針仕事をひろげている。遠い山々、展けた谷、見霞むように広々とした平野までも高い山腹にある位置からその部屋の障子の外に望まれる。坪庭の塀を隔てて石垣の下の方には叔母の家の板屋根なども見える。