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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
五十六
高輪の家にある叔父さんの著書をここへも持って来てこの侘しい時のなぐさめとしたいのであるが、人に見られることを気遣って見合せたと書いてよこした。この家に住む人達は親子とも産婆であると書いてよこした。ここは東京から汽車で極僅の時間に来られる場処であると書いてよこした。片田舎らしい蛙の声が自分の耳に聞えて来ていると書いてよこした。自分が産褥に就くまでには、まだしばらく間があるから、せめてもう一度ぐらいは便りをしたいと思うが、それも覚束ないと書いてよこした。姉(輝子)も夫の任地から近く産のために帰国するであろうと附添てよこした。
五十六
森のように茂って行くマロニエとプラタアヌの並木は岸本の行く先にあった。彼はその楽しい葉蔭を近くにある天文台の時計の前にも見つけることが出来、十八世紀あたりの王妃の石像の並んだルュキサンブウルの公園の内に見つけることも出来た。彼よりも先に故国を出て北欧諸国を歴遊して来た東京のある友人が九日ばかりも彼の下宿に逗留した時は、一緒に巴里の劇場の廊下も歩いて見、パンテオンの内にある聖ジュネヴィエーヴの壁画の前にも立って見た。普仏戦争時代の国防記念のためにあるという巨大な獅子の石像の立つダンフェル・ロシュリュウの広場の方へ歩き廻りに行っても、彼は旅人らしい散歩の場所に事を欠かなかった。