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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
五十
かねて岸本は独りでこの仏蘭西船に身を隠し、こっそりと故国に別れを告げて行くつもりであった。その心持から言えば、こうした人達に見送らるることは聊か彼の予期にそむいた。まばゆく電燈の点いた二等室の食堂に集って、皆から離別を惜まれて見ると、遠い前途の思いが旅慣れない岸本の胸に塞った。
ランチの方へ引揚げて行く人達を見送るために、岸本は複雑な船の構造の間を通りぬけて甲板の上へ出た。友人等は船の梯子に添うて順に元来たランチの方へ降りて行った。やがて暗い波間から岸本を呼ぶ一同の声が起った。ランチは既に船から離れて居た。岸本はその声を聞こうとして、高い甲板の上のギラギラと光った電燈の影を狂気のように走り廻った。
岸本を乗せた船は夜の十一時頃に港を離れた。もう一度彼が甲板の上に出て見た時は空も海も深い闇に包まれていた。甲板の欄に近く佇立みながら黙って頭を下げた彼は次第に港の燈火からも遠ざかって行った。
五十
三日目に岸本は上海に着いた。船に乗ってから書こうと思った義雄兄への手紙は上海への航海中にも書けなかった。
嘆息して、岸本は後尾の方にある甲板の上へ出た。更に船梯子を昇って二重になった高い甲板の上へ出て見た。