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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

九十七

欧羅巴へ来てから岸本が知るように成った同胞の多くは皆戦争の為にちりぢりばらばらに成ってしまった。

前途のことは言うことが出来なかった。しかし岸本と牧野とは宿の人達の厚意で比較的安全な位置に身を置くことが出来た。主婦は岸本のために何処からか机を借りて来て、それを二階の部屋の窓の側に置いてくれた。蔓の延びて来ている葡萄棚を越して窓の外にはバビロン新道が見えた。岡の地勢を成した牧場はその新道まで迫って来ていて、どうかすると赤い崖の上へ来る牛の顔が窓の硝子に映った。

九十七

大風の吹き去った後のような寂しさはこの田舎にもあった。働き盛りの男子は皆畠や牧場を去り、馬は徴発され、小屋も空しくなり、陶器の工場も閉され、商家も多く休み、中学や商業学校の校舎まで戦地の方から送られて来る負傷兵のための収容所となっていた。岸本の眼に触れるものは何一つとして戦時らしい田舎の光景でないものは無かった。野菜畠には戦地にある子を思い顔な老人が耕していた。麦畠には婦女の手だけで収穫の始末をしようとする人達が働いていた。

ヴィエンヌ河の岸に沿うて高く立つサン・テチエンヌ寺への坂道の角には、十字を彫り刻んだ石の辻堂がある。