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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
六十九
その夫人の妊娠ということにも留学生は酷く頭をなやましていた。留学生がしばらく巴里に居る間にはよくその話が出て、岡もそれを聞かせられたものの一人であった。
「女のことで西洋へ来ていないようなものは有りゃしません――」
そこまで話を持って行かなければ承知しないようなのが岡だ。それほど岡には山国の農夫のような率直があった。
岡は飲み干した茶碗を暖炉の上のところに置いて、
「昨夜は乞食モデルが二三人僕の画室へ押掛けて来ました。勝手にそこいらにある物を探して、酒を奢らないかなんて言出しやがって……きたないモデルめ……でも酒を飲ましてやりましたら、皆で唄なぞを歌って聞かせましたっけ。それを聞いていたら終には可哀そうになっちまいました……」
こんな話をして聞かせる岡の旅は在留する美術家仲間でも骨が折れそうであった。おまけに仏蘭西へ来てから以来、ろくろく画を描く気にすらならないというほど心の戦いを続けて来た岡の顔を見ていると、岸本は余計に外国生活の無聊な心持を引出された。
六十九
「国の方で炬燵にでもあたっている人は羨ましいなんて、よくそんな話を君にしましたっけが、もうそれでもパアク(復活祭)が来るように成りましたね」