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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
五十七
その石の門は彼の部屋の窓からも見え、その石の塀は毎日彼が語学の稽古に通う道の側にあたっていた。その多くの窓は町中で一番遅くまで夜も燈火が射していて、毎晩のように物を言った。
「知らない人の中へ行こう」
と岸本はつぶやいた。その中へ行って恥かしい自分を隠すことは、この旅を思い立つ時からの彼の心であった。
五十七
セエヌの河蒸汽に乗るために岸本はシャトレエの石橋の畔に出た。何処へ行くにも彼はベデカの案内記を手放すことの出来ない程ではあったが、しかし全く自分独りで、巴里へ来て初めて知合になった仏蘭西人の家を訪ねようとした。
岸本は最早旅人であるばかりでなく同時に異人であった。あの島国の方に引込んで海の魚が鹹水の中でも泳いでいれば可いような無意識な気楽さをもって東京の町を歩いていた時に比べると、稀に外国の方から来た毛色の違った旅人を見て「異人が通る」と思った彼自身の位置は丁度顛倒してしまった。否でも応でも彼は自分の髪の毛色の違い、皮膚の色の違い、顔の輪廓の違い、眸の色の違いを意識しない訳に行かなかった。逢う人毎にジロジロ彼の顔を見た。こうした不断の被観察者の位置に立たせらるることは、外出する時の彼の心を一刻も休ませなかった。