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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
十五
彼はその歓喜がどれ程の強さのものとも、又はその疲労がどれ程の激しさのものとも、一寸それを言い表すことが出来なかった。それは一日の休息や一夜の睡眠によって忘れ去り得べくもなく、もっと強く歓喜を貪りたいと思わせ、もっと激しく疲労を味いたいと思わせるような、そんな性質のものであった。彼は連の牧野を見て、日頃船に弱いと言っていたこの画家がさ程疲れたらしい容子の無いにも驚いた。
これほどの歓喜は感じながらも、東京の方角を指して神戸を発とうとする頃の岸本の足は重かった。大阪まで彼は牧野と連立って帰って行った。牧野も彼もまだ旅姿のままで、一度神戸で脱いだ旅の着物を復た身に着けて、汽車中殆ど休みなしに硝子窓の側に立ちつづけて行った。あそこに湿った日光の明るさがある、眼のさめるような青田がある、ここに草葺の屋根があると言って、それを仏国中部の田舎あたりで見て来た妙に乾燥した空気や、牛羊の多い牧場や、緑葉の間から見える赤い瓦屋根の農家なぞに思い比べて行った。
大阪では岸本は牧野と一緒にある未知の家族を訪う筈であった。そこには岸本の再婚に就いて、巴里の美術家から勧められて来た人も住んでいたからで。