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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
百十五
何かというと父が話し聞かせることは人倫五常の道で、彼は子供心にも父を敬い、畏れた。殊に父が持病の癇でも起る時には非常に恐ろしい人であった。岸本は末子のことでもあり年齢もまだちいさかったから、それほどの目にも逢わなかったが、どうかすると民助兄なぞは弓の折で打たれた。有体に言えば、少年の岸本に取っては、父というものはただただ恐いもの、頑固なもの、窮屈で堪らないものとしか思われなかった。
百十五
少年の時の記憶はまた東京銀座の裏通りの方へ岸本を連れて行って見せた。土蔵造りの家がある。玄関がある。往来に面して鉄の格子の嵌った窓がある。日の光は小障子を通して窓の下の机や本箱の置いてあるところへ射し入っている。そこが岸本の上京後、小父夫婦やお婆さんの監督の下に少年の身を寄せていた田辺の家だ。
父から餞別に貰った五六枚ほどの短冊、上京後の座右の銘にするようにと言って父があの几帳面な書体で書いてくれた文字、それを岸本はまだありありと眼に浮べることが出来た。少年の彼は窓の下の本箱の抽斗の中にその座右の銘を入れて置いて、時には幾枚かある短冊を取出して見た。「行いは必ず篤敬……」