轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
六十
こう節子は小さな手帳の中に鉛筆で書きつけて、他にも手短かに書いた言葉と共に彼女が心の消息の断片を岸本のところに置いて行った。その中には、「どうもまだ、からだの具合が悪い、それにつけても葡萄酒はつつしまなければいけない」と書きつけたところもあった。二人の間には何時の間にか種々な隠し言葉が出来た。「創作」とか、「葡萄酒」とか。後の言葉は麺麭を主の肉に代え葡萄酒を主の血に代えるという宗教上の儀式の言葉から意味だけを借りて来たのであった。
不自由な境涯に置かれて暗いところを歩きつづけて来たような節子の心持が悲哀というものから離れたと言って見せてあるように、岸本の浸って行った歓びはそれにも勝して大きかった。彼の通越して来たところが寂しければ寂しいだけ、それだけ広々とした自由な世界に躍り入ったようなその歓びが大きかった。彼は俄に金持にでもなった貧乏な人間に自分を譬えて見た。今まで金というものを持ったことの無い人間はどうそれを使って可いかも分らなかった。彼はずっと以前に巣鴨の監獄を出て来たある身内のものを想い起すことが出来る。その身内のものが白足袋穿いたまま獄門の前を走り廻って、狂気したように土を踏みしめたり、娑婆の空気を呼吸したりしたことを想い起すことが出来る。