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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

いよいよ神戸出発の日が来て見ると、二十年振りで御影の方から岸本を見に来た二人の婦人もあった。その一人は夫という人に伴われて来た。岸本がまだ若かった頃に、曾て東京の麹町の方の学校で勝子という生徒を教えたことがある。彼が書きかけている自伝の一節は長い寂しい道を辿って行ってその勝子に逢うまでの青年時代の心の戦いの形見である。訪ねて来た二人の婦人は丁度勝子と同時代に岸本が教えた昔の生徒であった。勝子は若かった日の岸本と殆んど同じ年配で、学校を出て許嫁の人と結婚してから一年ばかりで亡くなったのであった。

「先生はもっと変っていらっしゃるかと思った」

そういう昔の生徒は早や四十を越した婦人であった。

思いがけない人達を見たという心持で、岸本は兄と一緒にそれらの客を款待したり出発の用意をしたりした。時には彼は独りで座敷の外へ出て二階の縁側から見える港の空を望んだ。別れを告げて行こうとする神戸の町々には、もう彼岸桜の春が来ていた。

約束して置いた仏国の汽船は午後に港に入った。外国の旅に慣れた番町は町へ出て、岸本のために旅費の一部を仏蘭西の紙幣や銀貨に両替して来るほどの面倒を見てくれた。