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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
五十八
五十八
「異人さん、ここがビヨンクウルですよ」
とでも言うらしく、河蒸汽に乗っていた仏蘭西人が岸本に船着場を指して教えた。船着場から岸本の尋ねる家までは僅しかなかった。高いポプリエの並木の立った河岸の道路を隔ててセエヌ河に面した住宅風の建築物があった。そこが図書館の書記の住居であった。岸本は門の扉を押して草花の咲いた植込の間を廻って行った。何時の間にか一匹の飼犬が飛んで来て、鋭い眼付で彼の側へ寄って、吠えかかりそうな気勢を示した。
「あなたが岸本さんですか」
とその時入口の石階のところへ出て来て英語で訊いた年とった婦人があった。岸本はその人を一目見たばかりで手紙をくれたお母さんだと知った。
「帽子と杖はそこにお置き下さい。それから私と一緒に部屋の方へお出下さい」
こんな風に言って老婦人は岸本を案内した。
「忰はまだ図書館の方ですが追つけ帰って参りましょう。忰の家内も今お目に掛ります」
仏蘭西人の家庭に来て、こうした英語で話してくれる老婦人を見つけることは、まだ土地の馴染も薄い岸本の旅の身に嬉しかった。
この家の方へ岸本を導いたのは老婦人の姪にあたる人であった。