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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
在留する美術家仲間でも、最近にスエズ廻りで国の方から来た画家の牧野が滝のことをよく知っていた。牧野は岡と懇意で、東京の番町の友人とも知合の間柄であった。「老大」を送り、美術学校の助教授を送り、その他岸本が知っているだけでも三人の若手の美術家を送った「巴里の村」では、この牧野、西伯利亜廻りで来た小竹、その他二三の新顔を加えた訳であった。
「滝のような男の細君に成ったものは、そりゃ仕合ですよ」
この牧野の言葉に力を得て、早速岸本はビヨンクウル宛に好い報知を送った。好い生立ちを有った滝の頼もしい人柄に就いて牧野から聞取ったことを書いて、マドマゼエルは選択を過らなかった、決して心配することは要らないと思うと書添えて送った。
書記のお母さんの返事は避暑地なるセエブル・ドロンヌの海岸の方から岸本の許へ来た。老婦人は岸本の方から言って遣ったことの礼から書出して、忰は今巴里に居るが、しかし御手紙は自分にも読めと言って当地へ送って来たから、自分から御返事する、いろいろ難有かったと書いてよこした。もしも自分の兄が――姪の実父が今日までも生きながらえていたなら、いかに彼がこの結婚を考えたであろう、それを思うと自分はただただ心に驚くばかりであると書いてよこした。