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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

八十五

時にはまたゴブランの市場に近い貧しい町々の方へ。そして、詩と科学と同時にあるような巴里を客舎の窓から眺めて長い研究生涯の旅の途中にしばらく息を吐いて行こうとするような高瀬に、自分の身を思い比べた。

八十五

「お前の旅は他の人とは違うだろう。お前は隣室の高瀬にまで隠そうとしていることが有るだろう。お前はそれで枕を高くしてお前の寝台に眠ることが出来るのか」

こういう声が来て岸本を試みた。丁度町の角にあたる岸本の部屋は、産科病院の見える並木街に向いた方で高瀬の部屋に続き、モン・トオロン行の乗合自動車の通る狭い横町に向いた方で今一つの部屋に続いていた。その部屋の方は控訴院附の弁護士だという少壮な仏蘭西人が寝泊するだけに借りていて、朝早く出ては晩に遅くなって帰って来た。日中は居ないも同様であった。下宿人としては高瀬、岸本の外に年若な独逸人が居るだけで屋の内は割合にひっそりとしていた。自分の部屋に居て聞くと、どうかすると隣室を歩き廻る高瀬の靴音が岸本の耳に入る。科学的な研究を一生の仕事としているような高瀬も油絵具で室内のさまでも描いて見ることを慰みにして、巴里へ来た序にそうした余技を試みているらしい。