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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

八十八

そこまで想像を持って行って見なければ、彼女の書いて寄す手紙はどうしても岸本の腑に落ちないふしぶしが有った。

「子供を持つとああいうものかしら――」

何時の間にか岸本は思い出したくないことを思い出して、独りで部屋の内に茫然と腰掛けていた。彼は、節子が不義の観念を打消すことによって彼女の母性を護ろうとしているのではないかと疑った。遠く離れて節子のことを考える度に、彼は罪の深いあわれさを感ずるばかりでなかった。同時に言いあらわし難い恐怖をすら感ずるように成った。

部屋の扉を外から叩く音がした。岸本は椅子を離れて扉を開けに行った。

八十八

扉を叩いたのは岡であった。新しい展覧会の催しがあると言っては誘いに来てくれ、マデラインの寺院に近い美術商店に新画が掛替ったと言っては誘いに来てくれるこの画家の顔を見ると、岸本も気を取直した。岡は国へ帰りたくないというような思い屈したものばかりでなく、何時でも血気壮な若々しいものを一緒に岸本の許へ持って来た。

「岡君、君はアベラアルのことを聞いたことは有りませんか」

と岸本が言出した。

古い歴史の多い巴里に居て見るとこの大きな蔵のような都からは何が出て来るか知れないということから始めて、岸本はアベラアルとエロイズの事蹟が青年時代の自分の心を強く引きつけたこと、巴里に来て見るとあのアベラアル