轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

昭和二年(民国十六年)に、この作は北京大学の徐祖正氏の訳により支那語に移され、北新書局というところから出版せられた。自分の著作が隣国読書人の間に紹介せられたのも、それが最初の時であった。因に、翻訳家としての徐氏はわたしたちが想像も及ばないような苦心を積まれるものらしく、これを支那語に訳出するためにはかなりの年月を要せられたという。そのことは徐氏は手紙でわたしのもとへ書いてよこしてくれ、またその訳書の長い序文のはじにも、「此書因種々事故、遷延甚久。如今以這篇年譜為最後工作。在此※(「目+扮のつくり」、第3水準1-88-77)望此書之快成、併敬祝原著者健康。」としてあったのも忘れがたい。

この『寝覚』第一部の終の方には作中の主人公が亡き父を思うという一節も出て来るが、今日から見るとその父の取扱い方には不充分な点も多い。子として父の俤を写して見ようとする場合にすらそれだ。まして他の人の俤をやである。それにつけてもつくづく創作の難いことを知る。のみならず自分はまだ血気壮んな頃でもあったから、当時深い感慨をもってこの作に筆を執ったので、自分ながら冷静を欠いたと思われるふしもすくなくない。