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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
八
セエヌの河岸から旅館をさして戻って行く道すがら、岸本は三年前この旅に上って来た頃と今この異郷を辞する時と、その往きと還りの自分の心持の著るしい相違を思い比べながら歩いた。もともと彼の独身は深く女性を厭うところから来ていた。彼のように女性を厭いながら、彼のように女性を求めずにはいられなかったとは。旅に来て孤独を守り形骸を苦めるほど余計に彼はその自分の矛盾を思い知るように成った。周囲を見ると、妻のあるものは妻に逢うことを楽みに、妻の無いものは妻を迎えることを楽みにして、この無聊な外国生活から故国の懐へと帰って行かないものは無い。「国の方へ行ったら思うさま遊ぶぞ」こんなことを言って、遣瀬ない旅愁を紛らわそうとする旅行者もある。国の方の言葉、国の方の血、国の方の人――求めても得られない遠い異郷の空にあって、彼はしみじみそれらのものの難有味を知った。もしこれから無事に故国に辿り着くことが出来たら、自分も適当な人を見つけて、もう一度家庭をつくろうし、自分のために一生を誤ろうとした節子にも新しい家庭の人となることを勧めよう、こう彼は考えるように成った。独身の生活から引返して行って二度目の結婚を実行しようと思う心――その心でこそ、彼は再び節子を見ることが出来るとも考えた。