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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

巴里を発つ前に、彼の再婚説に賛成してくれた一人の美術家もあった。その人は国の方に居る心あたりの婦人を思出して、候補者として勧めてくれるほど世話好きであった。その人はまた彼のためにわざわざ国の方へ手紙まで出して置いてくれた。

「どういうものが国の方で自分を待っていてくれるだろう」

そう思って歩いて行くと、これから彼の前途に展けて来る実際の光景は全く測り知り難いもののような気がした。

屋並に商家の続いたサン・ミッシェルの並木街まで引返して行くと、文房具を並べたある店の飾窓が岸本の眼についた。その店で彼は自分の子供等のために仏蘭西風の黒い表紙のついた帳面や色鉛筆なぞを見立てた。狭い鞄の中へ入れて行く僅の巴里土産でもいかに泉太や繁を悦ばすであろうと思った。それを提げて旅館へ戻ると、丁度年とった仏蘭西の婦人の訪ねて来るのに逢った。黒い帽子、黒い着物、黒い手套、一切黒ずくめだ。顔にまで黒い網を掛けていた。この戦時らしい喪服を着て訪ねて来た婦人が、長いこと岸本の泊っていた下宿の主婦だ。

主婦は岸本の旅館まで礼を言いに来た。巴里滞在中、岸本がこの主婦に世話した同胞の客も少くなかったから。