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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

四十四

「今度こそ置いてきぼりにしちゃいやですよ」節子の方から言出した。

「何だか俺は好い年齢をして、中学生の為るようなことでも為てるような気がして仕方がない」と岸本は言った。「節ちゃん、ほんとに串談じゃ無いのかい」

「あれ、未だあんなことを言っていらっしゃる――私は嘘なんか言いません」

四十四

実に一息に、岸本はこうしたところまで動いて行った。九月も末になって見ると、彼は自分の帰国後の一夏が激しい動揺の中に過ぎて行ったことを感じた。前には彼の心は遠く巴里の下宿に別れを告げて来た頃の方へ帰って行った。あの下宿の食堂から円い行燈のような巴里の天文台の塔の方に日暮時の窓の燈火の点くのを望み望みした旅の心で、今の自分を考えて見た。

「お前は長旅に疲れて来た。思えば帰朝者の心理は世の多くの人々によって想像されるほど幸福なものでは無い。激しい神経衰弱に掛るものがある。強度に精神の沮喪するものがある。いろいろな病を煩うものがある。突然の死に襲われるものがある。驚かれるではないか。それを見ても、異常で複雑な作用が、制えがたい動揺が、ある隠されたる働きが、仮令眼には見えず人には知られないまでも、帰朝者としてのお前の心を決して静かにしては置かないことが分る。