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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
階下には外に誰も居なかった。節子は極く小さな声で、彼女が母になったことを岸本に告げた。
避けよう避けようとしたある瞬間が到頭やって来たように、思わず岸本はそれを聞いて震えた。思い余って途方に暮れてしまって言わずにいられなくなって出て来たようなその声は極く小さかったけれども、実に恐ろしい力で岸本の耳の底に徹えた。それを聞くと、岸本は悄れた姪の側にも居られなかった。彼は節子を言い宥めて置いて、彼女の側を離れたが、胸の震えは如何ともすることが出来なかった。すごすごと暗い楼梯を上って、自分の部屋へ行ってから両手で頭を押えて見た。
世のならわしにも従わず、親戚の勧めも容れず、友人の忠告にも耳を傾けず、自然に逆らってまでも自分勝手の道を歩いて行こうとした頑固な岸本は、こうした陥穽のようなところへ堕ちて行った。自分は犯すつもりもなくこんな罪を犯したと言って見たところで、それが彼には何の弁解にも成らなかった。自分は婦徳を重んじ正義を愛するの念に於て過ぐる年月の間あえて人には劣らなかったつもりだと言って見たところで、それがまた何の弁解にも成らなかった。自分は多少酒の趣味を解し、上方唄の合の手のような三味線を聞くことを好み、芸で身を立てるような人達を相手に退屈な時を送ったこともあるが、如何なる場合にも自分は傍観者であって、