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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

旅の空で意中の人の話に熱するあの血気さかんな画家の顔などを見る度に岸本は自分の身に思い比べ、最早そういう血の湧く時代が自分には過去ったことを思い、最早自分の情熱を寄すべき人にも逢わず仕舞にこの世を歩いて行く旅人であろうかと思い、何とも言って見ようの無い寂しさがそこから浮んで来たことを思い出した。未だ自分は愛することが出来る。そう考えた時は、彼はある深い喜びと驚きとに打たれた。

岸本はもう甘んじて節子を負おうとする人であった。彼は何等の家庭的な幸福を節子と共に享け得るではなし、そのために自分の子供を仕合せにする何等の希望をも繋ぐことは出来なかったけれども、唯彼女を助け、彼女を保護することを何よりの楽みとして、二人の間の新しい心に生きようとした。

こうした心持で、岸本は祖母さんや久米や女中を頼りに自分の子供を育てにかかった。彼は既に例の二階の方の仮の書斎を引払って来て、義雄の起きたり臥たりしていた奥の部屋に自分の机や書棚を置いた。その部屋で谷中から訪ねて来た兄を客として迎えて見た。義雄は郷里の方から戻った時で、移転の際に留守にした礼などを言い入れに来たのであった。