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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
これほど心配してくれる人達があっても、最早岸本の心は定まっていた。彼は節子との関係を持ちながら、こうした縁談に耳を傾けたことを心に羞じた。
「難有う。いろいろ御心配を掛けて済まなかったが、自分は熟考の上で御断りすることに決心した。校長先生へもよろしく伝えて下さい」
こういう意味の返事を岸本は愛子宛に出した。もし愛子の学友が自分の過去を知ったなら、断ってくれて反って可かったと思うであろう、と想像した。
丁度節子は叔父の手伝いとして谷中から通って来た日のことであった。あだかも彼女はこの話の成行を知るために高輪へ来合せたかのように。岸本は紙に書いたものを節子に見せて、彼女を安心させることを忘れなかった。
最早祖母さんの部屋には行火が置いてあった。節子はその部屋の方から縁側伝いに岸本の机の側へ来た。
「折角骨折っても、何処かへ持って行かれてしまった日には、ほんとにツマラないね」
前後の話に無関係な、こんな僅かな言葉が岸本の口から出て来た。でも、それを聞いた節子には岸本の方で言おうとする意味がよく通じた。
「何処かへ持って行かれてしまうなんて――何処へも行かなければ可いじゃありませんか」