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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

彼の新しい歓びは、その赤い着物を脱いだ人の歓びだ。笑ったことの無い不幸な犠牲者の心からの笑顔を見た人の歓びだ。

一月ばかりも寝食を忘れて、まるで茫然自失の状態にあった岸本は、人がこの自分を見たら何と思うであろうと気がつくように成った。彼は一月も眠らなかったその自分に驚いた。若々しい血潮のためには胸も騒ぎ心も狂うばかりであった彼の青年時代ですら、眠られない夜が七日以上に続いたことは無かった。もし彼が二十年若かったら、これ程の精神の激動を耐える力はなかったろうとも想って見た。終には、彼は自分で自分の情熱を可恐しく思うように成った。

「これは荒びたパッションだ。静かな愛の光を浴びたものとは違う――どうかして早くこんなところを通越してしまいたい――とてもこんなことでは駄目だ」

と独りで言って見て、ボンヤリとした自分を励まそうとした。

師走も十日過ぎに成って岸本は小旅行を思立った。彼は節子の一人で撮れている写真なぞを自分の眼に触れないところへ納ってしまった。彼女の手紙、彼女の手帳、すべて彼女のことを思わせるようなものを皆納ってしまった。彼の書籍の中からは草花の模様のある濃い色の布片が出て来た。