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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
六十二
何となく冬の町の空気が湿って、不忍の池に近い気持を起させるのも、稀に訪ねて行くにはめずらしかった。そこに岸本義雄とした表札が出ていた。
「まあ、叔父さん――」
思わずそこへ出て来たように声を掛けながら、節子は暗い格子戸の内から日中でも用心のために掛けてある掛金を除してくれた。
六十二
思い切って高輪を出た時から岸本には既に小旅行の気分が浮んだ。手につかない仕事を思い切るまでは苦しかったが、それも思い切ってしまって四五日の休養に出掛けると成ったら余程もう気が楽になった。帰国の日以来、心を労しつづけるばかりで、海の外から楽みの一つにして来た温泉地行すらまだ企てられなかった。そう思って、岸本は自分を慰めた。
谷中の家の方に来て見ると、この気分が余程濃くなった。暗い静かな入口の小部屋で叔父の帽子や外套を受取ろうとする節子を見た時にも、長火鉢の置いてある階下の部屋で嫂や節子や次郎と一緒に成った時にも、俄かに磯部行を思い立って来たことなぞを皆に話し聞かせる時にも、彼にはもう半分旅行先のような心が起って来た。
「次郎ちゃん」
と呼ぶ義雄の声が二階の方から聞えた。
「叔父さんになア、どうぞ二階の方へいらしって下さいッて」