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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
「まあ俺の方はどうでも可い。お前達は子供をよく見てくれ」
「なにしろ旦那さんの身体は大事な身体だ。旦那さんが弱った日にゃ、吾家じゃほんとに仕様がない。よくそれでも一人で何もかもやっていらっしゃるッて、この近所の人達が皆そう言っていますよ。ほんとに吾家の旦那さんは、堅い方ですッて……」
雑巾を掛けながら婆やの話すことを岸本は黙って聞いていた。やがて婆やは階下へ降りて行った。岸本は独りで手を揉んで見た。
岸本は人知れず自分の顔を紅めずにはいられなかった。もしあの河岸の柳並木のかげを往来した未知の青年のような柔い心をもった人が、自分の行いを知ったなら。あの恩人の家の弘のように「兄さん、兄さん」と言って親身の兄弟のように思っていてくれる人や、それから自分のために日頃心配していてくれる友人や、山の方にある園子の女の友達なぞが、聞いたなら。岸本は身体全体を紅くしてもまだ羞じ足りなかった。彼は二十七歳で早くこの世を去った友人の青木のことなぞにも想い到って、「君はもっと早く死んでいた方が好かった」とあの亡くなった友達にまで笑われるような声を耳の底の方で聞いた。
もしこれが進んで行ったら終にはどうなるというようなことは岸本には考えられなかった。