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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

と年嵩な方の女中も一緒に成って笑った。

岸本は自分の家の方に仕残した用事があって、長くもこの場所に居なかった。心持好さそうに酔い寛いでいる友人を二階座敷に残して置いて、やがてその家を出た。色彩も、音曲も、楽しい女の笑い声も、すべて人を享楽させるためにあるような空気の中から離れて行った時は、余計に岸本の心は沈んでしまった。

岸本は家をさして歩いた。大川端まで出ると酒も醒めた。身に浸みるような冷い河風の刺激を感じながら、少年の時分に恩人の田辺の家の方からよく歩き廻りに来た河岸を通って両国の橋の畔にかかった。名高い往昔の船宿の名残りを看板だけに留めている家の側を過ぎて砂揚場のあるところへ出た。神田川の方からゆるく流れて来る黒ずんだ水が岸本の眼に映った。その水が隅田川に落合うあたりの岸近くには都鳥も群れ集って浮いていた。ふと岸本はその砂揚場の近くで遭遇した出来事を思い出した。妊娠した若い女の死体がその辺へ流れ着いたことを思出した。曾て検屍の後の湿った砂なぞを眺めた彼自身にも勝って、一層よく岸本はその水辺の悲劇の意味を読むことが出来た。その心持から、彼は言いあらわし難い恐怖を誘われた。