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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

という意味の言葉が節子から来た手紙の中にも書いてあったが、その時こそ彼はほんとうに落着くところへ落着いた彼女を見たいと思い、今日の艱難と忍耐とを昔話にすることの出来るような彼女を見たいと思った。今は一切をそこへ投出したばかりの時だ。節子も、彼も、互に謹慎の意をあらわそうとしている時だ。長い将来のことを考えて、忍ぼうとする時だ。

岸本は節子を見ることは出来なかったが彼女の声を聞くことだけは出来た。「お節さんから電話でございます」と言って下宿の女中が取次いでくれる度に、岸本はよく電話口のところへ行って懐かしい声を聞いた。「こちらは自働電話でございますから」という声が伝わって来てから、岸本は節子が町へ買物に出ることをも、夜だけそれが許されていることをも知った。彼女の意味は、遠慮なく話してくれても関わないというにあるらしかった。「お前の方はそうでも、俺の方はそうは行かない」――その断りが一語言えないような位置に立って、茶の間に居る宿の主婦から台所の方に働く女中等の聞いているところで、どうかすると電話口に近い宿の主人の部屋に集まって涼みがてらに将棋をさしている人達までが聞いているところで、岸本は節子からの折々の報告を受けたり、相談に答えたりした。