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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
五十一
五十一
船室に行って岸本は旅の鞄の中から手紙書く紙を取出した。セエゴンから東の港は乗客も少いという仏蘭西船の中で、六つ船床のある部屋を岸本一人に宛行われたほどのひっそりとした時を幸いにして、彼は国の方に残して行く義雄兄宛の手紙を書こうとした。円い船窓に映る波の反射は余計にその部屋を静かにして見せた。彼は波に揺られていることも忘れて書いた。この手紙は上海を去って香港への航海中にある仏蘭西船で認めると書いた。神戸を去る時に書こうとしても書けず、余儀なく上海から送るつもりでそれも出来なかった手紙であると書いた。自分が新橋を出発する時も、神戸を去る時も、思いがけない見送りなどを受けたのであるが、それにも関らず自分は悄然として別れを告げて来たものであると書いた。何故に自分が母親のない子供等を残してこうした旅に上って来たか、その自分の心事は誰にも言わずにあるが、大兄だけにはそれを告げて行かねば成らないと書いた。多くの友人も既にこの世を去り、甥も妻も去った中で、自分のようなものが生き残って今また大兄にまで嘆きをかける自分の愚かしい性質を悲しむと書いた。自分は弟の身として、大兄の前にこんなことの言えた訳ではないが、忍び難いのを忍ぶ必要に迫られたと書いた。