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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
給仕は白い布巾を小脇にはさみながら、皆のところへ手摺れた骨牌と骨牌の敷布の汚れたのを持って来た。その骨牌を扇面の形に置いて見せた。各自の得点を記すための石盤と白墨とをも持って来た。薄暗い部屋の内へ射し入る日の光は日本人だけ一緒に集った小さな世界を照らして見せた。気の置けない笑声と、静かにけぶる仏蘭西の紙巻煙草の煙と、無心に打ちおろす骨牌の音のみが、そこに有った。石造の歩道を踏む音をさせて窓の外を往来する人達も、その珈琲店の店先へ来て珈琲の立飲をして行く近所の家婢も、帳場のところへ来て話し込む労働者もしくはお店者風の仏蘭西人も、奥の部屋に形造った小さな世界とは全く無関係であった。日本人同志が何を話そうと、誰も咎めるものも無ければ、解るものも無かった。岸本も骨牌の仲間入をして、一しきり女王や兵隊の絵のついた札なぞを眺めていたが、そのうちに旅の無聊は彼ばかりの激しく感じている苦みでも無いことを思って来た。長い外国の滞在で、骨牌にも飽きた顔付の人が多かった。
やがて岸本はこの珈琲店を出た。彼は巴里へ来てから送っている自分の旅人としての生活を胸に浮べながら下宿の方へ帰って行った。