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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

彼の胸には最近に断った縁談のことが往ったり来たりした。彼は自分の倦怠や疲労が、澱み果てた生活が、漸く人としてのさかりな年頃に達したばかりでどうかすると早や老人のように震えて来る身体が、それらが皆独身の結果であろうかと考えて見る時ほど忌々しく口惜しく思うことはなかった。「結婚するならば今だ」――そう言って心配してくれる友人の忠告に耳を傾けないではないが、実際の縁談となると何時でも彼は考えてしまった。

岸本の恩人にあたる田辺の小父さんという人の家でも、小父さんが亡くなり、姉さんが亡くなって、岸本の書生時代からよく彼のことを「兄さん、兄さん」と呼び慣れた一人子息の弘の時代に成って来ていた。お婆さんはまだ達者だった。そのお婆さんがわざわざ年老いた体躯を車で運んで来て勧めてくれた縁談もあったが、それも岸本は断った。郷里の方にある岸本の実の姉も心配して姉から言えば亡くなった自分の子息の嫁、岸本から言えば甥の太一の細君にあたる人を手紙でしきりに勧めて寄したが、その縁談も岸本は断った。

「出来ることなら、そのままでいてくれ。何時までもそうした暮しを続けて行ってくれ」