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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
八十四
『あなたの部屋の方は、まだそれでも羨ましい。是方の窓から見てますと、あなたの部屋の窓には一日日が映っています』ッて。高い建築物ばかりで出来た町ですから、ああいう日の映らない部屋もあるんですね。ホテルだなんて言うと好さそうですが、実際千村君には御気の毒なようでした」
こう話しているうちに、向うの旅館へ岸本の方から押掛けて行って夜遅くまで互いに旅の思いを比べ合ったり、千村の方からも食事の度にこの下宿へ通って来て話し込んで行ったりした時のことが、岸本の胸に浮いて来た。
「千村君の居る頃には、懐郷病の話なぞもよく出ましたっけ。『お前が西洋へ行ったら、必と懐郷病に罹る』と言われて来たなんて、そんな話も有りました」
と復た岸本が独逸の方に行っている千村の噂をすると、高瀬も何か思い出したように、
「西洋へ来ているもので、多少なりとも懐郷病に罹っていないようなものは有りませんよ」
この高瀬の嘆息は、無暗と強がっているような旅行者の言葉にも勝って、なつかしい同胞の声らしく岸本の耳に聞えた。
八十四
高瀬は千村教授と同じように経済の方面で身を立てた少壮な学者であった。岸本が巴里で逢った頃の千村に比べると、高瀬は独逸の方で散々いろいろな思いをした揚句に巴里へ来た人で、それだけあの教授よりは旅慣れていた。