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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

明けそうで明けない短か夜の空は国の方で見るよりもずっと長い黄昏時と相待って、異国の客舎にある思をさせる。隣室の高瀬も、仏蘭西人の弁護士もまだよく寝入っている頃らしかった。岸本は喫み慣れた強い仏蘭西の巻煙草を一服やって、めったに見たことのない節子の来た夢を辿った。乳腫で截開の手術をしたという彼女が胸のあたりを気にしている容子が岸本の眼にちらついた。あだかも一種の恐怖に満ちた幻覚によって、平素はそれほどにも思わない物の意味を切に感ずるように。

「叔父さんは知らん顔をして仏蘭西から帰っていらっしゃいね」

と東京浅草の家の方で節子の言った言葉、岸本が旅仕度でいそがしがっていた頃に彼女の近く来て言ったあの言葉が、ふと胸に浮んだ。岸本は独りでそれを思出して見て、ひやりとした。

窓掛を開けたままにして置いて、復岸本は寝台に上った。もう一度眠に落ちた彼が眼を覚ました頃は大分遅かった。その朝、恐ろしかった夢の心地は、起出して机に対った時でもまだ彼から離れなかった。

「節ちゃんはどうしてああだろう。どうしてあんな手紙を度々寄すんだろう」

こう岸本はそこに姪でも居るかのように独りで言って見て、溜息を吐いた。