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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

九十三

一切の乗合自動車も軍用のために徴発され、モン・トオロン行の車の響も絶えた。十八歳から四十七歳までの男児は皆この戦争に参加するとのことで、それらの人達を根こそぎ持って行こうとするような大きな潮が流れ去ろうとしていた。

巴里在留の外国人で立退きたいと思うものは早く去れ、独逸もしくは墺地利以外の国籍を有するものは在留を許すとのことであった。この出来事につけても、従軍の志望がしきりに岸本の胸中を往来した。所詮国へは帰れないと思う心の彼は、進んで戦地の方へ出掛けたいと願ったが、身を苦めることばかり多くて思わしい通信を書くことも出来なかろう、と思い直しては自己を制えた。戒厳令は既に布かれ、巴里の城門は堅く閉され、旅行も全く不可能になった。事実に於いて彼は早や籠城する身に等しかった。

九十三

到頭岸本は一年余の巴里を離れたいと思立つように成った。動員令が下ってから三週間あまりというものは何事も手に着かなかった。昨日は白耳義ナミュウルの要塞が危いとか今日は独逸軍の先鋒が国境のリイルに迫ったとか、そういう戦報を朝に晩に待受ける空気の中にあっては、唯々市民と一緒に成って心配を分け、在留する同胞の無事な顔を見て互いに前途のことを語るの外は無かった。