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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

その背後から顔を見せる主婦の姪もあった。

岸本は牧野と一緒に入口の石階を上って田舎家らしい楼梯の欄に添いながら二階の方へ行った。リモオジュの秋は牧野に取っても収穫の多かった時で、引継ぎ引継ぎ出来た風景や静物の画のまだよく乾かないのが二階の部屋の壁を一面に占領したくらいであった。岸本は牧野の部屋に行って見る度に、先ずその油絵具の乾く強い香気に打たれた。牧野の旅の骨の折れるらしいことは岡に変らなかったが、気鋭で綿密なこの画家は岡が考え苦んで思わしい製作も出来ずにいる間に、どしどし画筆を着けながら疑問を解いて行くという風であった。旅に来て岸本が懇意に成った画家の中でも、岡と牧野とはそれほど気質を異にしていた。東京の方にある中野の友人の噂をしたり、倫敦へ戦乱を避けて行った高瀬や岡や小竹の噂をしたり、時には夜遅くまで芸術上の談話に耽ったりして、田舎へ来てから岸本が唯一人の親しい話相手であり、慰藉と刺激とを与えてくれたのもこの牧野であった。

野外の製作に疲れたらしい牧野が靴を脱ぐところを見て、岸本は自分の借りている部屋の方へ行った。橋の畔から帰りがけに聞いて来たヴィエンヌ河の水声はまだ彼の耳の底にあった。