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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
百七
と言って彼の前に立った家番のかみさんの顔には、籠城同様の思いをしてずっと巴里に居た人達の心がありありと読まれた。
変らずにある下宿を見るのも岸本には嬉しかった。主婦も、主婦の姪もリモオジュから先に着いていて岸本を迎えてくれた。彼は廊下の突当りにある自分の部屋を見に行った。二月半ほど留守にした間に、置捨てて行った荷物でも書籍でも下手に触られないほどの塵埃が溜っていた。
主婦の姪は部屋を覗きに来て、
「まあ、何という塵埃でしょう。これでも叔母さんと二人で昨日は一日掃除に掛っていたんですよ」
と言って笑って、岸本の留守中に届いた国からの小包や新聞や雑誌を食堂の方から運んで来てくれた。その中には長い日数をかけて、よくそれでも失われずに届いたと思うものもあった。岸本は部屋の窓へ行って見た。暗い巴里の冬が最早その並木街へやって来ていた。往来の人も稀であった。向うの産科病院の門、珈琲店、それから柳博士や千村教授がしばらく泊っていた旅館の窓、何もかも眼に浸みた。
百七
隣室もひっそりとしていた。控訴院附の弁護士でその部屋を借りていた少壮な仏蘭西人は召集されて行ったぎり宿の主婦のところへ音も沙汰も無いということであった。