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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

百十三

到底行い得べくも無いような空想に駆らるるのもその一つである。のみならず岸本は自分で自分の鞭を背に受けねば成らなかった。心に編笠を冠る思いをして故国を出て来たものがこの眼に見えない幽囚は寧ろ当然のことのようにも思われた――孤独も、禁慾も。

百十三

この侘しい冬籠りの中で、岸本の心はよく自分の父親の方へ帰って行った。しきりに彼は少年の頃に別れた父のことが恋しくなった。異郷の客舎に居て前途の思いが胸に塞がるような折には、彼は部屋の隅にある寝台に身を投げ掛けて白いレエスの上敷に顔を埋めることも有った。例のソクラテスの死をあらわした古い額の掛った壁の側で、この世に居ない父の前へ自分を持って行き、父を呼び、そのたましいに祈ろうとさえして見た。あだかも父に別れたままの少年の時のような心をもって。

岸本の父は故国の山間にあって三百年以上も続いた古い歴史を有つ家に生れた人であった。峠一つ越して深い谿谷に接した隣村には、矢張同姓の岸本を名乗る家があった。その家が代々、あるいは代官、あるいは庄屋、あるいは本陣、あるいは問屋の職をつとめたことは、岸本の父の家によく似ていた。