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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
百十六
。後になって考えると、それが彼の上京後唯一度の父子の邂逅であったのである。それぎり彼は父を見なかった。
百十六
岸本が父を知るように成ったのは、寧ろ父が亡くなってからの後のことであった。漸く彼が青年期に入って彼自身の遽かな成長を感じ始めた頃、郷里の方にある老祖母さんの死去を聞いて一度帰省したことがある。民助兄もその頃は既に東京で、彼は兄の代理として老祖母さんを弔いかたがた郷里に留守居する母や嫂の方へ帰って行った。その時、彼は久しぶりで自分の生れた家を見たばかりでなく、父の遺した蔵書を見せようと云う母の後に随いて裏庭の方へ出た。母屋の横手から土蔵の方へ通う野菜畑と桑畑の間の径、老祖母さんの隠居所となっていた離れの二階座敷、土蔵の前に植てある幾株かの柿の木、それらは皆な極幼い頃に見たと変らずにあった。母は暗い金網戸の閉った土蔵の石段の上に立って、手にした大きな鍵で錠前をガチャガチャ言わせ、やがて彼を二階の方へ案内した。そこに老祖母さんの嫁に来た時の長持が残っている。ここに母の長持が置いてある。それらの古い道具を除いては、土蔵の二階にあるものは父の遺した沢山な書籍であった。