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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
京都大学の高瀬が隣室に居た頃、柳博士等と連立って訪ねて行ったあのペエル・ラセエズの墓地にあるアベラアルとエロイズの墓は、まだありありと岸本の眼に残っていた。あの名高い中世紀の僧侶は弟子であり情人である尼さんと終生変ることのない愛情をかわしたというばかりでなく、死んだ後まで二人で枕を並べて、古い黒ずんだ御堂の内に眠っていた。そこにあるものは深い恍惚の世界の象徴だ。想像も及ばぬ男女の信頼の姿だ。「さすがにアムウルの国だ」などと言って高瀬は笑ったが、岸本にはあの墓が笑えなくなって来た。仮令アベラアルとエロイズの事蹟が一種の伝説であるというにしても。岸本はあの四本の柱で支えられた、四つのアーチのどの方面からも見られるカソリック風な御堂の中に、愛の涅槃のようにして置いてあった極く静かな二人の寝像を思出した。あの古い御堂を囲繞く鉄柵の中には、秋海棠に似た草花が何かのしるしのようにいじらしく咲き乱れていたことを思出した。彼はその周囲を廻りに廻って二つ横に並んだ男女のすがたを頭の方からも足の方からも眺めて、立ち去るに忍びない気のしたことを思出した。まるでお伽話だ、と彼は眼に浮ぶ二人の情人のことを言って見た。