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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

一雨毎に彼は春の来るのを感じた。漸くマロニエの芽もふくらんで来るように成った。彼はあらゆる草木が復活る中で、やがて来る若葉の世界を待つのを楽みにした。白い蝋燭を立てたようなマロニエの花が若葉の間に咲いて、冷い硝子窓からも、石の壁からも、春の焔が流れて来るのは最早遠くは無かろうと思われた。

そよそよと吹いて来る夕方の南風に乗って独逸の飛行船までがやって来るように成った。ある仏蘭西の記者の言草ではないが、あの「空中の海賊」が巴里の市中と市外とに爆弾を落して行った最初の夜は、岸本はその騒ぎも知らずに熟睡していたくらいであった。翌晩、けたたましい物音に彼は床の上で眼を覚した。喇叭を鳴して飛ぶ警戒の自動車が深夜の町々を駆け巡った。復た彼は敵の飛行船の近づいたことを知った。急いで部屋を出て見ると、台所には震えながら祈祷をあげている下宿の主婦がある。屋外には暗い空を仰いで稲妻のような探海燈の光を望む町の人達がある。こうした巴里に身を置いても、彼はそれほど恐ろしくも思わないまでに戦時の空気に慣れて来た。「燕のかわりに飛行船が飛んで来ました」そんなことを云って下宿の人達を苦笑いさせた位であった。