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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

と強請るようにする子供の声をこの下座敷でよく聞いたばかりでなく、どうかすると机は覆えされて舟の代りになり、団扇掛に長い尺度の結び着けたのが櫓の代りになり、蒲団が舟の中の蓆莚になり、畳の上は小さな船頭の舟漕ぐ場所となって、塗り更えたばかりの床の間の壁の上まで子供の悪戯した波の図なぞですっかり汚されてしまったが。

暗い仏壇には二つの位牌が金色に光っていた。その一つは子供等の母親ので、もう一つは三人の姉達のだ。しかしその位牌の周囲には早や塵埃が溜るようになった。岸本が築いた四つの墓――殊に妻の園子の墓――三年近くも彼が見つめて来たのは、その妻の墓ではあったが、しかし彼の足は実際の墓参りからは次第に遠くなった。

「叔母さんのことも大分忘れて来た――」

岸本はよくそれを節子に言って嘆息した。

丁度この下座敷の直ぐ階上に、硝子戸を開ければ町につづいた家々の屋根の見える岸本の部屋があった。階下に居て二階の話声はそれほどよく聞えないまでも、二階に居て階下の話声は――殊に婆やの高い声なぞは手に取るように聞える。そこへ昇って行って自分の机の前に静坐して見ると、岸本の心は絶えず階下へ行き、子供の方へ行った。