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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

サウザンプトンに着いて見ると、仏蘭西を出る時ほどの物々しい警戒もなかったが、そこの税関でも矢張容易には旅行者の素通りを許さなかった。連の牧野は鉛筆で税関の官吏のスケッチを作って見せて、それで自分を証拠立てたくらいであった。

ともかくも岸本は無事に倫敦へ入ることが出来た。そして他の連に別れて、牧野と二人ぎりの旅となった。そこにある日本郵船会社の支店を訪ねて見た日に、彼は西伯利亜廻りの旅を断念した。牧野と連立って、阿弗利加を経て帰って行く船の旅の方を択ぶことにした。

巴里から倫敦へ。まだ岸本は一歩動いたに過ぎない。しかしその一歩だけでも国の方へ近づいたことを思わせた。倫敦には岸本は九日ばかり船の出るのを待った。その間に巴里からの消息を受取って、モン・モランシイの町の方に住む知人の細君が停車場まで彼の見送りに出向いてくれたことを知った。尤も知人の細君が停車場に彼を探した頃は、彼の巴里を発った後であったとか。いろいろと世話になって来たその知人のこと、慶応出の留学生のこと、その他停車場まで見送ってくれた人達のこと、何かにつけて彼は巴里の方のことを思い出した。