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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
二家族のものを合せて九人も同じ屋根の下に住む今の家では、旅から持って来た書籍の類を整理する気にも成れなかった。おまけに子供は多し、どうしても彼には仮の書斎を見つける必要が起って来た。町の空へ出て見ると、広い世界を遍歴して来た旅行者の誰しもが経験するような、旅の与えた心持がまだ彼には薄らいでいなかった。その心持は、自分の国を見るのにあだかも外国を見るような感じを抱かせる。どうかすると彼はまだまだ海にでも居るような気がする。上陸して二箇月ばかり何処かの土地に滞在するに過ぎないような気がする。彼の心はまだ南阿弗利加のケエプ・タウンへも行き、ダアバンへも行き、あのマレエ人や印度人や支那人なぞの欧洲人と群居する新嘉坡あたりの町へも行った。時々彼は自分で自分の眼を疑った。何故というに、そこいらを歩いている女の人が、それが実際日本の女ではなくて、マレエ半島あたりの土人の女ではないかという気を起させるのだから。こうした眼に映る幻影は、旅から疲れて帰って来た彼自身の内部の光景と不思議に混り合った。彼はあの眼に見えない牢獄を出る思いをして巴里の下宿を離れて来た自分と、もう一度節子に近づいて見た自分と、その間には何の関係があり何の連絡があるかとさえ驚かれるくらいに思って来た。