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しんせい
新生
島崎 藤村
「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页
と一郎は岸本の前に立って、「銀に、汐辛に、麦藁に、それから赤蜻蛉にサ」
「ホラ、黒と黄色の大泥棒――随分、あの池にはいろいろな蜻蛉が居るね」と繁は相槌を打った。
岸本は格子戸の内から直ぐ玄関先へ上らないで、繁と一緒に潜戸から庭の方へ抜けた。庭から長火鉢のある部屋を通して奥の方までも見透される。祖母さんをはじめ、嫂、節子が夕飯の支度をしながら立働いているのが見える。
その時、岸本は庭の隅に黐竿を立掛けた繁の側へ寄って、低い声で言った。
「繁ちゃん、お前は一ちゃんや次郎ちゃんと喧嘩するんじゃないよ――次郎ちゃんはまだ幼少いんだからね。いいかい。伯母さんの言うこともよく聞くんだぜ」
繁は点頭いて見せたかと思うと直ぐ父の側を離れて、ぷいと飛んで行ってしまった。
まだ庭の濃い椿の葉なぞは明るかった。岸本はその足で庭から縁側の上に登って、仏壇のある部屋の方まで行って見た。仮令僅でも節子が自分に取れた報酬を母の手に渡すように成ったことは、何となく彼女の位置を変えて見せた。
「お蔭で、節も稼ぐように成りましたよ。彼女がお金を持って来て見せましたよ」
こう言う嫂の機嫌の好い顔は実に何年振で節子の見たものであったか、とそれを岸本も心ひそかに想像した。