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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

五十二

そのうちに泉ちゃんの方は寝ましたが、繁ちゃんはああいう子ですから、一晩ろくに眠らないで待っていましたっけ――よっぽどあの時は嬉しかったんですね」

荷造りした家具なぞが部屋の隅の方に積重ねてあるところで、雨の音で暗くなって行った夕方の空気の中に、節子は高輪で暮して見る最終の日を惜んだ。病のために苦労した彼女はいろいろな薬の名なぞをよく知っていて、岸本のために参考に成るような子供の持薬その他を紙に書残して置いて行こうとした。

五十二

朝早く運送屋は荷馬車を曳いて来て家の裏木戸の外に馬を停めた。いよいよ谷中行の人達の引移る日が来た。荷造りした世帯道具が車に積まれるのを待つ間も、岸本はこれから出発しようとする嫂達のために曇った天気を気遣った。やがて彼は重そうに動いて行く荷馬車を見送って置いて嫂や節子等の出発の支度の出来るのを待った。

「節はまたちょいちょい祖母さんの許へ来ておくれよ」

「ええ、上りますとも。どうせ私は叔父さんの御手伝いに参りますからね」

と節子は答えて、一週に一度位ずつは叔父の手伝いかたがた祖母さんを見に来ることを約した。

空は降り出す模様もなかったが、しかし寒そうに曇った色は最早冬季の近づいたことを思わせた。