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しんせい

新生

島崎 藤村

「東京朝日新聞」1918(大正7)年5月1日~10月5日、1919(大正8)年8月5日~10月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 334,815 字 · 663 页

青空文庫

殊に岸本は節子と彼自身のために、互に別れ住む日の来たことを楽しく考えた。何故というに、不思議な運命を共にしようとする二人にあっては、互に抑制することを学ばねば成らなかったから。弱い人間である以上、もう一度岸本が遠い旅にでも出なければ成らないようなことが決して起って来ないとは限らなかったから。

節子を送り出して見ると、余計に岸本はその心持を深くした。同時に節子は今まで岸本の感じなかったような淋しさをも後へ残して置いて行った。丁度武蔵野へやって来る初冬が最早この高輪の家の庭先へも忍び足でこっそりやって来ているように、節子の残して行った淋しさが何時の間にか彼の内にも外にもあった。殊に彼女が谷中から引越の模様を知らせてよこした手紙は、妙に岸本を淋しがらせた。彼はあの不幸な人のことを考えつづけて、一晩ろくに眠られなかった。いろいろな心持がそこから引出されて行った。その日まで彼が節子のために尽そうとしたのも自己の責任を強く感ずる心からで、そのためには自分の片腕を差出し、まだそれでも足りなくて両腕までも差出したが、しかし自分の全部をそこへ投出すほどの心には成れなかった。